ダーク ピアニスト
〜練習曲10 さざなみ

Part 1 / 3


 「結婚?」
父の意外な言葉にエスタレーゼは動揺した。
「そんな事……考えた事もなかったわ。第一、そればかりは相手がいることですもの。お父様は、一体誰と結婚しろとおっしゃるの?」
娘の困惑をよそに、ジェラードはソファーでゆったりと葉巻をくゆらせながら言う。
「おまえももう二十五だ。そろそろいいだろう? おまえを嫁に欲しいと望む者は掃いて捨てる程いる」
「でも、誰でもいいっていう訳にはまいりませんわ」
エスタレーゼはじっと薄れていく煙の向こうを見ていた。
「それはそうだ」
ジェラードは、同意しながらも彼女の視線の先にあるものを確認しようと問う。
「もしや、好きな者でもいるのか?」
「いいえ……」
彼女は答えた。しかし小さく首を横に振って言った。
「でも……」
「でも?」
と父親は聞きとがめる。
「いえ、何でもありませんわ」
彼女は否定したが、ジェラードは、フーッと長く煙を吐き出すと葉巻を灰皿に置いて娘を見つめた。
「ギルフォート グレイスか?」
いきなり問われて娘はハッと顔を上げ、父の顔を見た。

「やはりそうか。だが、あいつはいかん。確かに奴は有望で、今や私の片腕と言ってもいい存在だ。これからは、奴が『グルド』の組織を継いで行くだろう。しかし、奴の唯一の欠点を見逃す訳には行かない。おまえも知っているだろう? 奴は女癖が悪いんだ。いくら頭が切れても、銃の腕が完璧であっても、あれでは、いつか女で身を滅ぼす事になるだろうよ」
「そんな言い方……」
反論しようとする娘を制し、彼は断固とした態度で告げた。
「とにかく、奴だけはだめだ。いいな?」
「なら、お父様は、誰ならお気に召すとおっしゃるの?」
娘は僅かに神経質な口調で言った。ジェラードは沈黙した。が、やがて宥めるように言葉を継いだ。
「例えば、ルビーはどうだ? 奴のことを……どう思っている?」
「ルビー?」
それは、彼女にとっては意外な言葉だった。

「彼の事は好きよ。でも……ルビーはそういう対象ではないわ。だってそうでしょう? 彼はあまりに身近で、いつも側にいる可愛い弟でしかないんだもの。お父様だって彼を連れて来た時、言ったでしょう? 弟が出来たと思って可愛がるようにって……。だから、わたし、ずっとそのつもりで……。今更、そんな風になんて考えられない……」
「確かにな。だが、今はもう二人共大人だ。そろそろ大人の付き合いをしてもよいのではないかな?」
「お父様……」
「確かに、ルビーは、他の人間とはいろいろ違う事もある。だが、あの子は、やさしくて従順でいい子だ。おまえの事を大事にしてくれるだろう。そして、将来は、奴が『グルド』を引き継ぐことになる」
「『グルド』を?」
「そうだ。奴の才能はピアノだけではない。たとえ、読み書きが出来なくても今は、それに替わる代用品などいくらでもある。パソコンや携帯が普及したおかげでああいう者でも世間並みに生きる術やチャンスが与えられる世の中になったのだ。奴は変わり者だが、昔から天才は変わり者ばかりだ。そんな奴とも、おまえなら付き合いが長い。おまえなら、ルビーのパートナーとして相応しいだろう」
「ちょっと待って。お父様。わたしには、とても考えられないの。それに、ルビーは? ルビーの気持ちはどうなるの? あの子は何て……?」
「奴は承知だ。それはそうだろう? あいつは、自分が結婚するなんて想像もしていなかったんだろうからな」
「お父様……! 本気でおっしゃってるの? だって、あの子は……」
「本気さ。ルビーなら、おまえの望を何でもきいてくれるさ」
「そうね。きっとお父様の望も何でもきいてくれると思うわ」
そう言うと娘は視線を窓の外へ向けた。
「ハハハ。おまえには叶わんよ。だが、この話は真剣に考えておいてくれ」
「わかったわ。考えてみます。でも、いい答えを期待しないでね」
と言って娘は部屋を出て行った。


 ルビーはピアノを弾いていた。エスタレーゼがそっと部屋に入っても振り向かない。しかし、それはいつものことなので彼女も気にはしなかった。弾いているのは明るい曲想のワルツ。だが、その表情は冴えない。

――ルビーのことをどう思っている?

父親の言葉が蘇った。エスタレーゼはルビーの横顔をじっと見つめてため息をついた。
(無理よ、そんな。いきなり結婚だなんて……)
「エレーゼ……」
曲が終わるとルビーが振り向いて言った。だが、その表情は微笑もうとして不自然に止めたような妙に中途半端なものだった。
「あ、あのね、エレーゼ、僕、今日の午後空いてるんだけど……」
「ごめんなさい。午後は友達と約束があるの」
「あ、そうなの。それじゃ、僕、一人で散歩に行くよ」
と言って目を伏せた。
「そう。それじゃ、気をつけてね」
「エレーゼもね」
と二人は言って俯いた。気まずい沈黙。それを破ろうとルビーが行動を起こした。彼は部屋の隅に積んであった箱の中から人形を一つ持って来て言った。
「ねえ、これ、君に似ていると思わない?」
「え?」
それは、エレーゼと同じ色の髪をして、同じ色の目の色で微笑んでいた。

「そうね。確かに少し似ているかもしれないわ」
「ね? そうでしょう? 僕もそう思ってたの。だから、君にあげるよ」
と人形を彼女の手に押し付けた。
「え? でも……」
「ね? もらってよ。僕、このお人形が一番好きなんだ。だから、君にもらって欲しいんだよ」
どこか強引でぎこちない態度。
「お父様に何か言われたのね?」
じっとその瞳を見つめて彼女が言った。
「うん……君との事……」
「それで? あなたは何て答えたの?」
「よくわからないって……」
ルビーは正直に応えた。エスタレーゼは微笑して言った。
「わからないって?」
「ううん。君の事は好きだよ。でも、それ以上の事なんか考えてなかった……だって、僕、僕は……」
頭の中に黒い馬車の陰影が見えた。それから白い霧とピアノ……。
(女の子達は、みんな、僕を怖がるから……)
彼の体に出来た無数の傷が、性への強いコンプレックスになっていた。彼女はその事を知っていたが、それは単なる同情であって、彼を受け入れる条件にはなり得ない。

 ルビーはすっかり臆病になっていた。彼の魅力的な外見やピアノの才能に魅かれて集まって来る女達に対しても彼は決して自分からベッドに誘う事はなかった。ルビーにとって唯一の性の対象は、夢の中の彼女と、現実に触れることの出来るピアノだけだった。それでも、彼は満足していた。アニメーションを観ている時、人形遊びをしている時、彼は自分だけが知っている夢の彼女をそれに重ねた。そして、自分だけに囁いてくれる愛の言葉や微笑を想像して喜んだ。いつか、それが空想の手ではなく、温かく、やわらかな本物の彼女の手が愛撫してくれる日を夢見て……。
(そうしたら、僕、何だってするよ。君の為なら何だってする。月だって星だって、君が望むなら、恐ろしい炎を吐くドラゴンの首だって盗って来る。君が望むなら、誰だって殺す。君が望むなら……)
けれど、空想の彼女は何も望んではくれなかった。ルビーは潜り込んでいた毛布から頭を出すと天井を見上げた。

「何処か具合でも悪いんですか?」
突然、声を掛けられてルビーは慌てて首を引っ込めた。見ると使用人のジニー バズが洗濯物を抱えて立っていた。
「ううん。何処も悪いとこなんかないよ」
ベッドの中から半身を起こしてルビーが言った。
「なら、とっとと出てって下さいよ。掃除するんですから……」
「わかった。散歩に行って来るよ」
ルビーはそう言うと、パッと毛布を脱ぎ捨ててベッドから飛び降りた。


 エルベ川の岸辺を散歩するのは気持ちがよかった。さわやかな風と緑……。遠くに見える古城……。朝はジョギングコースとして使っているこの道も、午後にはまた違った顔を見せる。行き交う人々も皆、会話が弾んで楽しそうだ。今日は特に若いカップルが多かった。ルビーは僅かに空想して頬を染めた。
(もし、僕の隣に君がいたら……)
しかし、そんな空想の横顔はすぐに人込みに混じって消えてしまった。届かない想いが鼓動を打った。
「いやだ……」
思わずそう言って周囲を見た。
(もういやだ。空想だけの君なんて……。僕は本物の君が欲しいんだ。生きて、動いて、温かい、本物の君が……)
フッと想像のその顔がエスタレーゼのそれに変わる。一瞬ドキリとして立ち止まって胸を押さえた。
「エレーゼ……」
(もし、君が僕の想像の彼女だったら……?)
しかし、ルビーは静かに首を横に振った。
(そんな事、有り得ない。だって、彼女は……)
「でも……」
夕暮れの風が微かに冷気を運んで来る。と、草原の向こうに立つ二つの人影を見て、ルビーは唖然とした。
「ギル……」
そしてもう一人……。その影に寄り添うように佇んでいたのはエスタレーゼだった。
「友達って……彼の事だったの?」
ルビーがぼうっとしている間に、二人の影は見えなくなった。空が暗くなり掛けていた。その闇に消えた二人が本当にギルとエスタレーゼだったのか確証はない。しかし、ルビーが家に帰ると彼女はまだ戻っていなかった。

「ああ、お帰りなさい。ルビー坊ちゃん。シーツと枕カバーも替えておきましたからね」
とジニーが言った。
「ありがとう」
すっかりきれいに整っている寝室に入るとルビーは枕元のウサギのぬいぐるみを抱き締めると爪を突きたてて裂いた。せっかく掃除した部屋に、また綿やスポンジや毛が散らばる。
(僕のあの人は何処?)
もどかしい思いに耐え切れず、ルビーは叫び、そこいら中の物を投げ散らかした。それからおもむろに立ち上がると部屋を飛び出してピアノに向かった。そして、乱暴に叩きつけるように弾く。弾いている時だけが安らぎだった。そして、弾いている時だけ、空想の彼女と繋がっていられた。だからこそ、彼は弾き続けた。

「ルビー、もう夜中の十一時よ。いくらここがラズレイン家の私邸でも、使用人達の家もあるのよ。いい加減にしてちょうだい」
エスタレーゼが来て注意した。
「どうして?」
「だから、言ってるでしょう? 迷惑なの!」
「僕が嫌いなの?」
「そんな事言ってないでしょ? ただ、今はもう時間が遅いからピアノは弾かないでと言っただけよ」
「いやだ! だって、ピアノは僕の……僕の大切な物なんだもの。今弾きたいんだよ」
「だから、それは、あなたの勝手な思いでしょ? ピアノだって少しは休みたいかもしれないじゃない?」
「ピアノが?」
「そうよ」
ルビーはようやく鍵盤から指を放した。

「わかったんなら早く食事をしなさい。片付けられないからってジニーが困っていたわよ」
「食事? 僕、いらないよ」
「食べなきゃだめよ」
「何故?」
「だから、片付かないって……」
「なら、片付けなきゃいいだろ?」
「ルビー!」
「うるさいっ! 黙れ! どうして僕に命令するの? よせよ。僕は君の所有物じゃないんだ」
「確かに所有物じゃないけど、弟よ。弟は姉の言う事をきくもんだわ」
「弟じゃない!」
彼は怒鳴った。それから、ふっと微笑して言った。
「そう。僕は弟なんかじゃない。僕は君の婚約者だ!」
「何ですって?」
「そうだよ! ジェラードだって認めた。だから、君はもう僕のものだ」
そう言ってルビーは彼女を抱き締めると、強引にキスしようと迫った。

「ちょっと、ルビー! やめて! 何するの? やめなさい!」
エスタレーゼは必死に抵抗し、彼を叩いて突き飛ばした。彼はピアノにぶつかると鍵盤に当たって派手な不協和音を響かせた。それから床にへたり込んだまま呆然と彼女を見た。
「ルビーの馬鹿……。最低よ!」
怒って出て行こうとする彼女の背中に彼が言った。
「どうしてさ? ギルはよくても、僕じゃだめなのかい?」
その言葉に、一瞬だけ彼女はピクンと肩を震わせたが、すぐにそのまま部屋を出て行った。
「どうして?」
一人取り残されたルビーが言った。
「どうしてさ? 何故僕じゃだめなの? どうして、いつだってみんなギルばかり……!」
爆発した感情が溢れて幾つもカーペットにしみを作った。
「どうして? どうして? どうして……!」
(誰も僕の事をわかってくれないんだ! 誰も……!)
黒い馬車の陰影はどんどん彼の心から離れて行った。いくら呼んでも届かない過去の時間へ……。
「畜生! 畜生! 畜生っ……!」
何かが強く込み上げて、彼はカーペットを強く引っ掻いた。そして、自分自身の心にまでその爪を突き立てて泣いた。


 翌日。
「ルビー、来い。仕事だ」
ギルフォートが言った。
「ああ」
ソファーで気だるそうにしていた彼だったが、呼ばれて仕方なく付いて行った。先を行くギルフォートはカツカツと靴音を響かせて規則正しく歩く。まるで軍人のようだとルビーは思った。機敏で洗練されて無駄のない動き。
(どうしたらこんな風になれるんだろう?)
ルビーは自分の影を振り返る。肩が揺れて、手が振れて、足が……。
(僕、まだ歩き方が変なのだろうか?)
昔、まだ子供だった頃、ルビーは他の子供達より発達が遅れていた。知能も身体の動きもだ。だから、いつも他の子達から馬鹿にされた。それでも、母は一生懸命応援してくれたし、専門のリハビリの先生も来てくれた。そうして、ゆっくりと丁寧に身体を動かす事を学んだ。

 正しい姿勢、正しい動かし方、そして、美しい立ち居振る舞い……。それは、上流階級の者なら必ず身に付けておくべきマナーだったのだが、ルビーにとってはかなり難しい事だった。それでも、彼は一生懸命覚えようとがんばった。それが、今の生活にとても役に立っているとギルフォートは言っていた。が、ルビーにとってはあまり実感がなかった。
(僕だってちゃんとやってる。言われた通り、ちゃんとやってるんだ。なのに……! 何処が違うの? みんなと、ううん。ギルと僕とでは、どうしてこんなにも違うの?)

「どうして……?」
思わず声に出た。
「ん? 何がだ?」
ギルが振り向く。
「どうして僕じゃだめなの?」
「だから、何がだ?」
「僕だって女の子と上手くやりたいんだ」
「欲求不満か? もうジャパニメーションには飽きたのか?」
「アニメは触れられないよ」
「なら、ピアノは?」
「いいよ。でも、ピアノは僕を抱き締めてはくれないもの。温めて欲しいんだ」
「湯たんぽでも買ってやろうか?」
「いらないよ! そんな物より欲しいものがあるんだ」
ふと先を行っていたギルの足が止まる。

「何だ?」
「エレーゼさ」
「……」
「彼女が欲しいんだ。ねえ、僕にちょうだい」
「何でおれに訊くんだ?」
「だって、エレーゼの事が好きなんでしょう?」
「別に嫌いじゃないさ。だが、彼女とはそういう関係じゃない」
「それじゃ、いいんだね? 僕が彼女をもらっても」
ルビーはじっと男を見つめて言った。
「彼女が承知するならな」
ギルフォートはにべもない。
「するさ。彼女は僕の事を愛してるんだ。僕だけの事を……」
ルビーは微かに微笑すると強気に言った。
「大した自信だな」
「ジェラードだって認めてくれたんだ。だから……」
「ジェラードか……」
と言ってギルフォートは目を伏せる。
「そうだよ! だから……」
そう強く言い掛けてふと口を噤む。

――わたしにとって、あなたは可愛い弟に過ぎないの

エスタレーゼの言葉が思い浮かんだ。

――弟なら姉の言う事をきくもんだわ

(いやだよ)
ルビーはギュッと手を握ると唇を噛んだ。
(君が欲しいんだ……)
夕暮れのプロムナードで語り合うギルと彼女の笑顔がちらついた。
(消えろ!)
ルビーは足元に落ちていた小石を靴先で砕いた。
(いつまでも僕のこと子ども扱いしやがって……! 僕はもう大人だ。結婚する権利だってあるんだ! カッコいいのはギルばっかりじゃない。僕だって……! 僕だって、うんとがんばれば……いつか……)
めらめらと湧き出る感情を彼は必死に握り潰そうとしていた。

「おい。いつまでも何をしている? 行くぞ」
数十メートルも先に行ってしまったギルフォートが呼んだ。
「わかった。今、行く」
ルビーは、走って男を追った。そんな彼に影がぎこちなく付いて行く……。
僅かに右足の動きが鈍い。しかし、彼は、昨夜、ずっとピアノのペダルを踏んでいたせいだと自分に言い訳した。
「どうした?」
ギルは、そんな小さな変化でさえ見逃さない。彼らのような仕事をしている者にとって体調管理は重要な任務だ。僅かな勘の狂いが命取りになる。どのような場面であろうと過信は禁物だった。

「何でもない。気にしなくていいよ」
ルビーは言ったがギルフォートはごく僅かに眉を顰めた。彼はいつになく神経質になっていた。今日の仕事は重要だ。某国大統領秘書の暗殺。失敗は許されない。厳重な警戒網を縫っての強行。それはまさしく国と政治絡みの暗殺で、もし、その事実が発覚すれば、国は窮地に陥り、暴動や戦争さえ誘発し兼ねない。それこそ彼らの命だけでは済まない危険な仕事だった。
 しかし、裏を返せば、国民の安全さえ左右するような大仕事を国は彼ら二人、闇の組織に託している。『グルド』はまさしく国家権力をも動かせる程巨大な力を持っていた。そして、時折、彼らは手を握り、互いのメリットの為に駆け引きを行う事もあった。
 その一つが今回のそれだ。ターゲットは、大統領秘書という身分を悪用し、闇組織と取引を重ね、莫大な利益と報酬を貪り食っている。そして、逮捕しようにも警察とさえ癒着しているそいつは国を大統領を強請りに掛けた。柵から柵を呼び、もはや国にその男を止める手立てがなくなってしまった。そこで、思案した大統領からこの国の、しかも闇組織である『グルド』に暗殺を依頼して来たのだった。

「奴はしたたかで抜け目がない男だ。ガードは三重。SPに私的ガードマンも付いている。失敗は許されない。しかも、これは秘密裏に沈黙の中で行わなければならない。セレモニーは何事もなく、終了しなければならない。万が一にも気を抜くな。これは国の権威に関わる事だ。いいな?」
「でも、難しいお仕事なんでしょう? もし、失敗したらどうなるの??」
「戦争になる」
「どうして?」
「我が国とその国は非常に難しい関係にあるからさ。小さな事が引き金になりかねないんだ」
「フーン。馬鹿みたい」
「そうだな。だが、そうやって歴史は作られて来たんだ。今までにもいろんな過ちを繰り返してな」
「なのに、また繰り返すの?」
「そうだ。しかし、それを避けようとするならば出来ない事はない。出来る事ならみんな避けたいと思っているよ。一部の例外を除いてはな」
「例外って?」
「過激派の連中さ。騒ぎを起こしたり、聖戦と称して戦いを奨励しているような連中の事さ」
「『レッドウルフ』みたいな?」
「そうさ。だが、他にもある。油断しない事だ」
「わかったよ。でも、僕らのターゲットはそいつだね?」
「ああ」
とギルが頷く。
「なら、やってやるさ」
彼は頭の中でドールハウスの人形を思い浮かべて微笑した。その人形が一つ一つ銃で撃たれ、倒れていく様を……。
(大丈夫。ターゲットは僕達の手の中にある)